子供が出来るまでの大変だったこと その2

子供が出来た事を人に言う時期…
それは人によって色々な考え方があるようです。

流産などで幸せな出産に至らない可能性があるからでしょう。
子供に何かあった場合、親は責任を感じるものですし、周りの人にも気を使わせてしまいます。
うちでは安定期に入るまで人には言わないと夫婦で決めました。

人に黙っているという事もまた大変でした。
それは「早く人に言いたくて仕方が無い」とかそういうことではなく、感情も思考も色々と渦巻いていて、そのことばかりに気が行ってしまうからです。
嬉しいとか、楽しみとか、そういうプラスの感情もありますが、無事に育つのか、ちゃんと生まれるのか、健康なのか、お金は足りるのか、今の仕事の需要は今後もあるのか、日本は大丈夫か、世界は大丈夫か、地球環境は大丈夫か等々、子供の生きる時代まで考えると心配事は幾らでも湧いてきます。
そんな心理状態を隠して平静を装いながらのコミュニケーションは大変でした。

しかも、そんな不安の内の一つは的中してしまいました。

実は今回お知らせした子は最初の子ではありません。
最初の子は流産でした…

 

昨年秋のある日。
最初はちょっとした出血でした。
それから数日の内に妻は激しい痛みに襲われました。
連休中の夜だったのでほとんどの病院は受け付けておらず、救急相談センターで教えて貰った稼働中の病院へ連絡して症状を説明しましたが、分娩の対応中ということで診ては貰えませんでした。
一般的な流産の症状だったのか、おそらくは助けられないという判断だったのでしょう。
妻は自分のおなかで起こっていることを悟り、悲しみと痛みで泣き崩れました。
そんな時に何も出来ない自分の無力さを感じました。出来ることは、じっと一緒に居てあげる事くらいでした。

しばらくすると何事も無かったように痛みが無くなり、
その後、亡くなってしまった子は外へ出て来てしまいました。

とても綺麗な水の塊のような透き通った玉の中に、小さな子が入っていました。
指もありました。目もありました。まだ不完全ですが人の形をしていました。
怖くはなく、神秘的な綺麗な姿でした。

妊娠初期の流産は、ほとんどが遺伝子異常などの原因で生きられないから起こるものだそうです。
つまり、止めようも無い仕方の無い事です。
それでもやはり落ち込むし、何か失敗してしまったのではないかと自分を責める気持ちにもなりました。

最初の子

残っているのは、数枚のエコー写真と記憶だけです。
一生しっかりと憶えておこうと思います。

 

 


最後に思うことを少しばかり…

両親の加齢は、妊娠の成功率を下げ、遺伝子異常等のリスクを上げます。
自分の子が流産した経験から、子作りは若いうちにした方が良いとは感じるのですが、最近、女性には日本経済の戦力として社会で活躍する事と、少子高齢化を解決するため子供を生む事と、その両方が求められてしまっているように感じます。
女性の置かれている状況は非常に厳しいと思います。

対して男性の方は、多少の覚悟と頑張って稼いでくる努力さえあれば何とか出来る事が多いので、世の男性には女性を待たせる事なく若いうちの子作りを是非頑張って貰いたいと、自分の反省からそう思います。

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